矢野マミ
時々、誰かの思念を被ってしまうことがある。今回はある教育系セミナーでのおじさんの発言だった。
不登校児の保護者が集う会だった。
講師のレクチャーが終わった後に質問タイムがあった。何人かの母親が我が子について質問し、講師が回答していった。次に、一人の男性がすくっと立ち上がり、マイクを握って発言した。
「校長は、学校の生徒の状況を知らないんですかね。学校に来ていない生徒のことを聞いても知らない、と言う。本当に知らないんですかね」
おじさんの話では、今、不登校は、クラスに一人、というレベルをはるかに超えて、クラスに数人レベル、なのだと言う。そして、自分の子ども以外の他の休んでいる子どもたちはどうしているのですか? と聞いても教えてもらえないのだと言う。昔だったら、休んでいる子にはクラスの近所の子がお知らせや給食のパンを届けたり、みんなで呼びに行ったりしていたけど、今はそんなことしないんですかね? 先生は、何やっているんですかね? おじさんの発言が続く。
講師は、「ああ、またか」というような表情でうなづき、おじさんに答える。それは他の母親たちにも届く。
「今は、個人情報のこともあり、個別に他の生徒さんのことをお伝えするのは難しいのですよ」
おじさんは、釈然としない顔で黙り込む。個人情報保護法、と言われたら、もう何も聞けなくなる。
そうして、たくさんの子どもたちが消えて行っている。
「○○君を知りませんか? もうずっと学校に来ていないんです」
「わかりません」
「名簿からも名前がなくなりましたよね? 先生はご存じですよね?」
「わかりません。『どこか、遠い所へ行った』と聞いています」
「どこか、遠いところ…」
ワークショップでは、近くの数人で各々の悩みを話しあう場面があった。おじさんは自分の不安を語った。
『どこか、遠いところ』へ行ったクラスメートが、もう3人になる。ああ、もちろん、小中学校を通してだけど…。
おじさんの子どもは、小学校の高学年からずっと学校に通っていない。高校には行けるのだろうか?大人になれるのだろうか?「どこか、遠いところ」へ行った子どもたちは、元気にしているのだろうか。
昔だったら、大阪とか、東京とか、広島、とかくらいは教えてくれたけれども今はそれもない。すーっといなくなって、聞いても教えてくれない。
おじさんの悩みはつきない。母親たちは黙って聞いている。堂々巡りだ。
おじさんの子どもは、どこにも行かない。いつか、「どこか、遠いところ」へ黙って行ってしまうのだろうか。
おじさんの考えていることが私の中にスーッと入って来ていつまでも出て行かない。
「どこか、遠いところ」について、考え続けている。
*関係者がわからないように、設定等を変更しています。
